ブックタイトルメカトロニクス7月号2021年

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概要

メカトロニクス7月号2021年

44 MECHATRONICS 2021.7 一般的に「ねじ」と呼ばれる物は、いろいろな物を接合するために用いられるねじ山をもった「ねじ部品」を指す。丸ねじ、角ねじ、三角ねじ、台形ねじ、ボールねじ、管用ねじなどのねじがある。 ねじは広く産業界を支える基盤技術として位置付けされ、時代のニーズに応じて様々な機能の開発、向上が図られてきたもので、産業の根幹を支える機械要素部品の一つで「産業の塩」とも呼ばれる。 一般の人でも家庭内にある色んな機器に接合のためにねじが使用されて目にしているものである。 ねじは漢字で「螺子」と記載し、ねじの別名として鋲螺(びょうら)の表現も使用される。英語はスクリュー(Screw)となる。今回は、このねじ産業について紹介する。1. ねじの歴史 ねじの発明のヒントは「巻貝」だったのではないかという説と木に巻き付く「ツル植物」だったのでないかという二つの説があるが、「巻貝」の説が良く引用される。両方ともねじ山に似た形となっている。 確かに酷似している(写真1、2)。 そしてアルキメデスによって螺旋揚水機(ポンプ)が発明され、これがねじの利用の始まりと言われている。ねじに関する略史を示すと表1のようになる。略史からも分かるように日本でねじの重要性に気付いたのは、1543 年まで遡る。 種子島に漂着した時にポルトガル人が持っていた火縄銃を第14代当主・種子島時尭(ときたか)の目にとまり、二丁を2,000両(現在の価値で約2億円と推定)で買い求めた。そして種子島の鍛冶屋・八板金兵衛清定に、その模作を命じたことから始まり、苦労しつつ数十丁の火縄銃を製造することができたのである。ポイントは、鉄砲の後ろの銃身を塞ぐ部品に雄ねじ(ボルト)と雌ねじ(ナット)が使われており、これを複製したのが日本におけるねじの使用の始まりであるとされる。製法を知るには清定の娘の「若狭」が関与しており、ポルトガル人は若狭と結婚し、若狭は日本人最初の国際結婚であったとも言われる。 さらに種子島では、13 世紀の御門天皇の建仁年間(l201~1203 年)に種子島家の祖先である種子島信基は、種子島の海岸で砂鉄を発見し、島に鉄匠を招聘して製鉄製鋳の技術を導入していたのである。種子島は良質の砂鉄の取れる島であり、既に多くの鍛冶師がいて16世紀には、ねじを作れる環境が既に整っていたのである。第12回 ねじ産業の市場動向市場の生産統計とそのヒストリーちょっと気になる連 載写真1 巻貝 写真2 ねじ 表1 ねじの略史年 度略 史紀元前300 年頃アルキメデスによりねじを利用した螺旋揚水機(ポンプ)が発明されたことが始まりと言われている紀元前100 年オリーブの実をつぶしてオイルを取るために万力(プレス)としてねじの送りが利用された15 世紀レオナルド・ダ・ヴィンチが機械要素のひとつとしてねじを重要視したことで、ねじを使用した機械を設計ルイ11 世(1423~83 年。在位1461 年~1483年)の木製ベッドには、金属製の木ねじが使われていた1500 年前後金属製のボルト、ナット、小ねじ、木ねじ類が出現したと考えられている1543 年種子島に漂着した時にポルトガル人の所有していた火縄銃とともにねじが伝来したとされている1551 年宣教師フランシスコ・ザビエルが周防の大内義隆に贈った機械式時計(自鳴機)に利用されているねじ類が、日本に伝わった最初の締結用ねじだった1637 年ねじの原理を用いた揚水ポンプが中国から伝わり、ポンプは佐渡金山の排水に導入された1799 年フランスは法律でメートル法を採用、「SF ねじ」規格を制定1800 年思いのままにねじが切れるモーズレイのねじ切旋盤が製作され、工業用ねじ生産の基礎が構築される1841 年ジョセフ・ホイットワース準男爵がねじ山の角度55度でピッチも規格化し、世界初のねじの規格を考案した1857 年モーズリー由来でホイットワースが改良したねじ切り用旋盤を輸入1860 年遣米使節として渡米した小栗忠順はワシントン海軍工廠を見学後、西洋文明の原動力は「精密なねじを量産する能力である」と考え、1 本のねじを持ち帰った1868 年アメリカのウイリアム・セーラースによって発表したアメリカねじがアメリカ規格として正式に採用1882 年世界初のねじの規格は、その後、イギリス規格(BSW)として採用された(BSW1895、BSF1907)1885 年イギリス規格としてホイットワースねじ(インチ規格)が正式に決定1894 年フランスで制定された SI ねじは現在普及しているメートルねじの原型となる1898 年フランス、スイス、ドイツの3ヶ国協議によってSFねじをSIねじとして国際的規格として採用1921 年日本標準規格(JES)が制定1924 年メートルねじ第1 号がJES 規格第13 号として制定(メートル並目ねじ)。その後、メートル細目ねじやウィットねじ第一号、ウィット細目ねじを規格化1927 年ホイットワースねじ第一号(丸山)がJES13号として制定され広く利用される1939 年臨時日本標準規格(臨JES)が制定1940 年万国規格統一協会はドイツ、フランス、スイス、ソ連、スエーデン等の国の同意を得て「SIねじ」規格を基にして「ISA メートルねじ」の規格を制定1943 年アメリカ、カナダ、イギリスの3国の間で共通のねじの規格「ユニファイねじ」が決定。この規格は軍需品のみならず、一般民需品にも拡大1945 年戦後、工業標準調査会が設置され、日本規格(新 JES)が制定1947 年第2 次大戦後1947年に設立されたISO(国際標準化機構)で、国際的に互換性のあるねじ系列の確立をめざし、ISO/TC1がフランスパリで開催1948 年アメリカ、イギリス、カナダはユニファイねじに関する協定を締結1949 年国際的に互換性のあるねじ系列の確立をめざし、第1 回 ISO/TC1(ねじ)の会議がフランスパリで開催日本工業規格(JIS)を制定、これと共にJES規格、臨JES規格をJIS規格に移行する作業が続く。JISにユニファイねじが加えられる1952 年メートル並目ねじおよびインチ並目ねじの規格が制定。メートルねじ、ウィットねじ、ユニファイねじの3 本立てになる1955 年ISO/TC1の参加を決める1957 年ISAメートルねじとユニファイねじを採用し、ISOメートルねじとISOインチねじになる1963 年ホイットワースねじは廃止となり、以降、メートルねじとなる1964 年ねじ関連JIS 規格を改正日本がISO/TC1のOメンバーとなる1965 年ISOねじが導入される。一般用にはISOのメートルねじ、ユニファイねじは航空機その他に必要な場合に用いるように改められた日本工業規格(JIS)が改正され、一般的に「ISO メートルねじ」を使用し、航空機その他特に必要な場合は「ユニファイねじ」を使用することと制定1966 年日本がISO/TC1のPメンバーとなる1968 年ISO 規格メートルねじを取り入れ、ウィットねじは3月限りで廃止。工業標準調査会でJISをISOに整合する作業が続けられている1975 年ねじ商工連盟が日本産業規格(JIS)にねじ製品類が指定された日が6月1日であったため6月1日を「ねじの日」として制定(7月)