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概要

メカトロニクス7月2017年

44 MECHATRONICS 2017.7日本産業洗浄協議会名誉理事 相模環境リサーチセンター 所長 小田切 力ブルーカーボン~地球温暖化の抑制に海洋が果たす役割~【第184回】■ブルーカーボンとは 公益社団法人日本港湾協会は、同協会の機関誌「港湾」に「ブルーカーボン」を新しい港湾用語として紹介している3)。執筆者は、国土交通省港湾局海洋・環境課港湾環境政策室専門官である戸谷洋子(とたに ようこ)氏である。(1)ブルーカーボンの定義 「ブルーカーボン」とは、海洋で生息する生物によって捕捉・吸収される炭素のことを言う。森林など陸上生物によって吸収される炭素「グリーンカーボン」に対し、海洋生態系による炭素吸収の重要性を世界に広くアピールすることを目的に、2009年10月に国連環境計画(UNEP)が公表した報告書「Blue Carbon」の中で新たに命名された。 なお、地球温暖化に関わる炭素は、その形態や起源によって異なる色でイメージ付けされており、化石燃料の燃焼により排出され、温室効果ガスの主体であるCO2は「ブラウンカーボン」、すすや塵等、燃焼に伴って排出される炭素は、「ブラックカーボン」と呼ばれる。(2)ブルーカーボンのメカニズム UNEP の報告書によると、全世界から1年間に排出されるCO2 量、炭素換算で72億トン(2000 ~2005年の平均値)のうち、海洋全体で吸収される量は22億トンである。このうち、海洋生物により海底堆積物として固定化される量は2.4億トンであり、森林をはじめとする陸上の生物が固定化する量と同程度である(図表1)。 さらに、CO2の吸収に寄与する海洋生物は、植物プランクトン、海草、塩性湿地の植物、マングローブ林までにわたり、これらによるCO2吸収速度は、熱帯林と同程度もしくはそれを上回る(図表2)。 CO2を吸収した海洋植物は、枯れて分解しても全てが再びCO2として大気中に戻るわけではなく、一部は未分解のまま海底に埋没する。この現象が、海洋中に長期間蓄積し続けるブルーカーボンの主要なメカニズムである。(3)ブルーカーボンの課題 ブルーカーボンに関する研究については、諸外国の研究機関や、国内では東京大学、北海道大学、(独)港湾空港技術研究所等において調査・研究が進められている。しかしながら、沿岸域は陸・河川・外洋から影響を受ける複雑な場であることや、2009年の国連環境計画(UNEP)報告書「Blue Carbon」の公表により本格的に研究が開始されたことから、知見もまだ少ない。 今後、海洋生物による炭素吸収を活用するためには、海洋生物によるCO2吸収メカニズムの解明やCO2計測技術等を確立する必要がある。(4)ブルーカーボンの可能性 UNEPの報告書によると、海洋植物が生息する沿岸域は、海域全体の1%に満たないが、海洋堆積物中の炭素貯蔵量の半分以上を占めている。日本の海岸線延長は約35000kmで世界第6位の長さであり、日本は世界的にも主要なブルーカーボン貯蔵国である可能性が高い。海洋生物による炭素吸収を立証することができれば、今後の気候変動に関する国際交渉において、我が国が有利な立場となる可能性がある。 また、森林等の炭素吸収による温室効果ガス削減効果は世界的に認知され、植林や森林経営による温室効果ガス削減対策は、国内外における排出権取引の対象にもなっている。  今後、海洋生物による炭素吸収を活用した温室効果ガス削減対策も、国内外のクレジット認証機関において排出権取引に係るクレジットとして認証されれば、四方を海で囲まれた日本にとって、大きな経済効果をもたらす可能性が高い。■港湾空港技術研究所の報告 (独)港湾空港技術研究所は、ブルーカーボンに関する調査・研究を行っている数少ない研究組織の一つである。同研究所が公表した研究所報告に「沿岸域のブルーカーボンと大気中CO2の吸収との関連性に関する現地調査と解析」と題する論文がある。以下は同論文の冒頭に記された「要旨」である4)。【要旨】 将来の気候変動対策のための、大気中CO2濃度増加の抑制は喫緊の課題である。近年、気候変動対策の一つとして注目されている「ブルーカーボン」は、海洋生態系の光合成活動によって固定される炭素であり、堆積物中に蓄積されることで最大で数千年程度CO2が大気中から隔離されるため、今後の気候変動対策にとって重要なオプションとなり得る。沿岸域はブルーカーボンの主要な堆積の場であり、特に海草場では、再生や保全によって、温室効果ガス削減効果も期待される。 しかしながら、ブルーカーボンの蓄積と大気中CO2濃度やその動態との関係性について、定量的な評価はなされていない。これは、沿岸域特有の複雑な炭素フローに起因している。さらに、従来の知見では、沿岸域は陸域から供給される有機物の分解の場であることから、基本的に大気中へのCO2放出源とみなされている。 また、既存の研究は植生が無い河川域や水中では有機物の分解が卓越するマングローブや塩性湿地(すなわち、潜在的に海水から大気中へCO2が放出されやすい場)に集中しており、光合成活動により水中のCO2分圧を低下させ、大気中CO2の吸収量の増加をもたらす可能性がある海草場については、世界的にもほとんど測定例がない。 本研究では、国内の海草場の炭素動態を現地観測し、測定値を既往研究と比較することで、海草場におけるブルーカーボンの蓄積と大気中CO2吸収との関係性を解析した。その結果、光合成活動が呼吸・分解活動よりも卓越する海草場では、従来の知見と異なり、大気中CO2の吸収源であることが分かった。また、既往研究との比較から、この結果は一地域だけではなく亜寒帯・亜熱帯を含む世界規模の空間代表性を持ちうることが示された。 本研究の成果として、ブルーカーボンにより沿岸域に炭素固定という新たな価値が付加されることが挙 ブルーカーボン(Blue Carbon)という言葉は、地球温暖化の話題に関係して、最近紹介される機会が多くなっている。それは、2015年にパリで開催された「気候変動枠組条約第21回締約国会議」(COP21)で採択された「パリ協定」においても触れられた温暖化防止対策の一つとして話題になった。ブルーカーボンの呼称の発端は、国連環境計画(UNEP)が2009年10月に発表した報告書の中で紹介したことによる1)。 ブルーカーボンに関する文献は、まだあまり紹介されていないが、環境問題の用語事典には、紹介されるようになった2)。 今回は「ブルーカーボン」に関するトピックスから、分かりやすい解説と最近の話題等を選んで紹介する。<図表1>地球全体の炭素循環3)(出典:IPCC第4次評価報告書より作成)<図表2>様々な沿岸生態系におけるCO2吸収速度3)